2015年04月20日

ミニミニソーサリアンNEXT・プレイボード

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 ミニミニソーサリアンNEXT・プレイボードをリリースしました。
 求められる手軽さに反してWindows、PC上のソフトウェアという代物ですが。

 ミニミニソーサリアンNEXTは「診断メーカー」を利用したゲームブックライクなゲームで、往年の名作「ソーサリアン」を元ネタに作られています。
 大変気合の入った作りのゲームなのですがゲームデータの記録を自分でメモ帳なりにつけなければならないので、手間を省くのと風情を出したくて、プレイボードを作ってみました。

 主に自分用ということでかなりざっくり、簡素で原始的な作りになっていますが、一応公開します。
 「みんなもっと好きなゲームを元ネタに自分なりのゲームを作ろうよの会」会長としては、こういう愛あって手の込んだ作品は応援したいというのもありました。

 ミニミニソーサリアンNEXTを遊んでいる方、遊んだことのある方、遊んでみようと思っていた方、この機会におひとつどうぞ。

 ときのじさん、アイコンへのイラスト使用快諾ありがとうございましたー。

posted by 座間 at 21:44| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月15日

ラブザナとNext



 ラブザナ作りながらソーサリアンの勉強をしており、ソーサリアンNextのサイトなんかも見ているわけなんですが、iOSコンテスト応募作「剣と魔法の都ペンタウァ」、Next冒頭のシナリオ「はじまりのゼロ」なんかを見ていると、ラブザナに近い世界観で違う方向のものを作られていて、とても面白いなと思います。
 ラブザナの世界は消え行く世界の住人側が超すごい力で消え行く運命を叩き潰しにかかってくるのを、新世界側が更なる力で殴り返してぶち殺し、「もう昔には帰れないんだ!新時代の始まりだぜ!」と絶叫するような、控えめに言って野蛮な世界なのですが、Next作家陣はとても丁寧にじっくりと上品に「過去・未来」両者の動きを書いており、これは勉強になるところです。
 もっともラブザナの物語はまだゲーム中で語られる段階にないのですが。

 Next筆頭のリオ氏と自分は、過ぎ去ったあの場所を観る立ち位置がとても似ているのだと思います。
 過ぎ去り消えていくことに合理を感じつつ、共感を覚えつつも、愛しているものをそのまま見送る気にはならないし、新時代に対し負けるようなコンテンツでないことも確信している。
 吠える過去からの使者にも、それを剣で治める未来からの冒険者にも共感したまま、どっちつかずの世界で、新しいゲームを作ろうと(あるいは作れると)考えている。



 はじまりのゼロで描かれる「霧散するペンタウァ」の姿は、少し上空から俯瞰して見ると、人の脳が何かを忘れていく姿そのもののように見えます。
 世界そのものが脳に似た構造を持っており、その上でペンタウァは忘れ去られ消えようとしている。
 そう考えると、あの世界のいわゆるダークサイド、魔性の連中というのは、必ずしも邪悪な存在ではなく、単に世界が持っている忘却の機能の使者なのではないかと、ふと思います。

 忘れるという機能は、人が過去の失敗と決別し、次の世界に旅立つために使われます。
 それは種族が繁栄していくために寿命という仕組みがうまく機能しているのと少し似ていて、切ない力です。

 想い出とデフラグの戦いがソーサリアンNextだとして、おそらく今Ver5が検討されている「ソーサリアンNext企画書」も、同じように想い出とデフラグの戦いそのものなのでしょう。
 Next企画書の上で行われる膨大な量の「継がれるものと変わっていくもの」の選定は、まさにNextという次世代に向かうための、失っていくことへの勇気が試される難行であることと思います。
 ユーザーによるジョーク企画に近い装いとはいえ、あらゆる意味で興味深いコンテンツになっています。
 そして当方の活動とも親和性が非常に高い。

 そんなわけで、ありがたいことに次のラブザナはNextのスタッフ様にもご協力頂くものになる予定です。
 よろしくお願いいたします。







posted by 座間 at 13:10| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月22日

727 NOT HOUNDのこれから



▼毎度、座間です。

 常春の人、座間です。
 今年のゲームレジェンドには行けませんでしたが、ご好意でDSLのShoさんとおぷさぽさんの派手なブース出撃


 に便乗させて頂きました。
 腕組むの似合うって本人自覚してる。わかってやってる。腕だけ見るとストリートファイターみたいになってる。怒りゲージMAX時に632146+Aで定時退社可能になる。
 ブースは超賑わったようです。


 で、便乗の内容がこちら、ラブザナドゥ宣伝フライヤーになります。DSLブースでもらった人いますかね。

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 まあ見る人が見るとなんのパクリなんだか一目瞭然という感じではありますが(いやザナドゥの話じゃない)、それは置いといて、相変わらず面白そうに見えてすんません。いや面白いんですが、こう、想像とは違うと思われます。

 それも置いといて。


 727 NOT HOUND(以下727NH)の今後の活動の話をしたいと思います。

 次に制作するゲームはたぶん、
・Xanadu:Card Game
・詠唱のフェーズ
 の二本立てになると思われます。


▼Xanadu:Card Game
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 読んで字の如し、あのザナドゥの同人カードゲームです。
 コンセプトは2つ、
 1つは「ドラスレファンのオフ会に便利なアイテムを作りたい」
 もう1つは「ドミニオンに端を発するデッキ構築系ゲームの準備の煩わしさを排除したカードゲームを作りたい」
 になります。

 ラブザナドゥというゲームを作る過程でそれなりに多くの人と知り合い、ドラゴンスレイヤーというゲームシリーズのファンが結構多く、またその間でオフ会がけっこうされているような印象を受けました。あるいは興味はあるけどまだしたことはないという人たち。
 そういう人たちが集まって、思い出話と一緒に気軽に遊べる非電源ゲームがあったらいいのではないか、という思いで企画しました。「プロジェクト酒の肴」です。

 ドラゴンスレイヤー30周年、ザナドゥ30周年という時期ですし、記念にもなります。
 ザナドゥに登場するモンスターとアイテム、そしてトレーニンググラウンドを含めた施設が全種類、各1枚ずつ入っているものを目指しているので、単に鑑賞用コレクションとしてもイケることと思います。


 最近は日本でも非電源ゲームがブームに入りつつあり、しかも若い世代がこれをブームに終わらせず、文化として定着させたいという志をもって同人制作などをガンガン進めている背景があり、それがカードゲーム制作のモチベーションにもなっていたりもします。
 無許可のザナ同人なのでおおっぴらにはできませんが…
 それとも許可とれるのかな。交渉してみようか。ナンボでいけるんや。


 ゲーム内容としては、参加するプレイヤー全員でザナドゥを探索し、誰が一番早くキングドラゴンを討ち取るか、あるいは誰が一番スコアが高いかを競うゲームになります(おそらくキングドラゴン討伐は破格の高得点とゲーム終了の合図スイッチの役割を担うことになると思われます)。

 モンスターを倒し、アイテムを集めて強くなっていくRPGの感覚はそのままに、ただえさえ資源が限られているザナドゥに数人が押しかけて、キングドラゴンそっちのけで争奪戦をやっているという、そんな光景を想像されると近いかと思われます。
 そういえば、ザナドゥを舞台にキングドラゴンそっちのけで戦争をしている人たちを見かけましたね。最近。




▼詠唱のフェーズ
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人がザナドゥを夢に見るようになったのは1790年代のこと
最初の夜がいつだったのかは分かっていない

人々は戸惑いながらザナドゥを話題にした
その夢に現れる遺跡で誰かに出会うと、その人も確かにその遺跡の夢を見ている
遺跡の構造はいつも同じで、誰と話してもその構造は一致している
ザナドゥという、ひとつの夢をみんなが見ている
何度も何度も、繰り返し見ている

1980年代以降、記憶以外の様々なものが持ち帰られるようになる
ザナドゥの内部に眠る数多くのマジックアイテムが、夢から目を覚ました後の現実に持ち帰られた
現実を夢の中の魔法が侵食しはじめた

それから100年が経つとどうなるか?

今やザナドゥは技術であり、日常と化した
人は目を瞑り0.22秒のあいだ、象徴化されたザナドゥを訪れて、システムが採集する純粋なエネルギーを現実に持ち帰る
人の意識がザナドゥから掘り起こす無尽蔵のエネルギーによって社会は動く

現実時間で0.22秒、体感10数分のカードゲーム
人類の無敵時間
それを「詠唱のフェーズ」と呼ぶ

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 昔に作ったゲームの世界観だけをリバイバルして、ゲーム内容を一新したコンピューターゲームになります。
 有り体に言うと、「Xanadu:Card Game」の、電子版です。1人でCPUと対戦することが出来ます。
 このゲームが「Xanadu:Card Game」とセットで開発されるのは、「Xanadu:Card Game」のゲームバランス舵取りを「詠唱のフェーズ」で行いたいという目論見があるから、というわけです。

 ただしリリースされる詠唱のフェーズではカードの内容はオリジナル、「Xanadu:Card Game」とは異なるゲームバランスで遊ぶことになります。コンピューターゲームならではの要素も組み込んでいかないと、アナログゲームの電子化は内容の厚み的に寂しくなりがちです。いやまあ、それもオツで、それでいいんですが。

 以上、この2つのゲーム制作に取り掛かっています。乞うご期待。
 「Xanadu:Card Game」に関しては、ある程度面白く動くようになったら一緒にテストプレイしてくれる人を募集したいと思います。



▼追記:727NHの新メンバー

 総勢俺一名(別名義で仲間はいるけど。いるからさみしくないけど。)だった727NHにメンバーが増えました。
 実は上記のフライヤーを作ってくれたのもその人で、そう、知る人ぞ知るあの、yuncoさんです。




 このyuncoマンです


 yuncoさんはデザイナーです。絵に関しても趣味という範囲で描けます。デザイナーのプロとしてのセンスを下地にした、とてもいい絵です。

 ラブザナドゥの開発でも尽力してくれて、デザイナーパワーを遺憾なく発揮して下さいました。
 今後は727NH以外でも、フリーゲームなどの創作活動を行っている人を主な対象として、安価でコンパクトな、かつちゃんとした「本物の」デザイン業務を提供していくサービスもしてみたいとのことで、そちらも応援しております。





 デザインってこう、たとえばレイアウトとかフォント選びとか、自分の中でうまく落とし込めればそれで納得できてしまうもので、しょぼいんだろうなと頭の隅で分かっていても、これも悪くないで押し通してしまうのが、個人制作の限界になってしまっている例が多いと思います。

 ですが上の立派なフライヤーを見ても分かる通り、最終的にパッと見て「クオリティが高い」と人に思わせる部分は、プロのイラストでも派手な画面写真でもなく、細かなレイアウトへの気配り、端っこに使うフォント選び、字間の調節などの部分で、それらはデザインの勉強と実績を積んだ人間にしかできないことです。見よう見まねには限界があります。

 デザイナーの手が入るだけで、かなり「悪い意味での同人っぽさ」は消えます。
 綺麗なロゴ、綺麗なレイアウトは、提供するコンテンツとその前を通る通行人の間にある「見るの面倒くさい」という壁を消してくれます。雑多な情報に振り回される心配がなさそうだと安心してくれるからです。
 個人で活動されていて、そんなに予算はないけど活動内容を綺麗に見せていきたい方、yuncoさんにツイッターで声掛けしてみてはいかがでしょうか。





 以上!


posted by 座間 at 01:03| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする