2016年10月25日

ドラスレラボの閉鎖について、当時の関係者の皆様へ

ドラゴンスレイヤーラボラトリー――DSLが突然閉鎖してから1年が経ちました。
ラボに蓄積された資料と関連コンテンツの量と質は、オールドゲーマーや、自分のようなオールドゲームを掘り起こして新しいものを作ろうと試みる人間にとってかけがえのないものでしたが、今はほぼ失われました。
自分はおそらく唯一、DSLの遺産を受け取っており、サイトの一部のデータは手元にオフラインの状態で存在します。
それが今残っているDSLの全てです。

1年経って今、DSLが閉鎖のお知らせを公開しました。

http://www.uranus.dti.ne.jp/~sho-dsl/




事にひとつの区切りがついたところで、1年遅くなりましたが、友人であるDSL管理人・SHOさんの弁護と問題提起をしたいと思います。

好き勝手に裏事情の話を書きますが、DSL閉鎖の原因はドラスレファン同士の諍いでした。
誰が悪かったのかというのは、当時起きたことに直接関わっていなかった、リアルタイムでは知らなかった自分には言えないとは思います。
SHOさんにも(お知らせに書かれた通り)至らない点はいくつもあったでしょう。

ただそれを差し引いても、確かに言えることがあります。
誰も、古い友人の言うことに真剣に耳を傾け、原因を辿り、反目する両者をいさめ、犠牲者を出さずに終わらせるという選択肢を勝ち取ることができなかった、それどころか一方的な悪者を仕立てあげて、黙殺し、蓋を閉めることで終わらせたという、この稚拙な顛末は、今後の反省材料足り得るのではないかということです。

きっと関わった誰もが自分は悪くないと思っていることと思います。
自分は被害者で悪いのは向こうだとか、自分は関係ない人間だとか、「節度ある大人の関係」として遠くから見守っている親友だとか思うことで、距離を確保しているものと思います。
そんな中、今回、SHOさんだけは自分が悪いと認めました。

本当にSHOさんだけが悪かったのでしょうか?これは大人だから自己責任、で済ます類の話でしょうか?それは面倒くさがりの言い訳になっていないでしょうか?
古くからドラスレファンの仲間として楽しく仲良くやってきた1人の男が、なぜ嫌われ者になるような行為に走ったのか?
理由がないわけがないのです。少なくとも最初からそこに敵意があったわけがないのです。
初めは小さな齟齬だったはずのものを、それをやり過ごしては追い詰めて追い詰めて、一時的にしろ敵意に変えてしまったことは、周囲の人間の至らなさではないのでしょうか?
誰もヒアリングをせず、本音で接さず、リスクのない身内同士で意見を固め、事なかれ主義で済ませようとしたことは、この結果が示しています。
そうでなければ、もともと悪意のない人間が、少々不器用だった程度でここまで追い詰められることはなかったはずです。

当時SHOさんの考えていたことについてはSHOさん本人から全て聞いています。
しかしここでそれを書くことは、このお知らせをもって全てを清算し、前に進もうというSHOさんの意思にそぐわないものと思いますので、とりあえずやめておきます。

関わった方々の間ではSHOさんが悪いという認識が大半を占めていることと思いますので、それで終わらせて何の反省もなく過ごしてよいものかという気持ちを吐き出させてもらいました。
傲慢な言い方に聞こえるかもしれませんが、自分がその場にいれば友達をこんな風に追い詰める前に、間違いなくいくらでも手を打てます。大した手間はかからないはずです。そういう発想すらなく、躍起になってほんの少し前まで友達だった人を叩き潰した人間関係というものに、疑問が尽きません。
この「お知らせ」がただの切ない話やもう過ぎた話で終わって欲しくないと思っています。

この件はこれで終わりになり、SHOさんは綺麗さっぱり、今後ドラスレ関連の誰とも関わるつもりはなく、その必要も感じていないようですが、今後同じような事件を起こさないよう努めることはできるはずです。
自分の関わった話でいえば、SHOさん自身、他人に対して、きちんとした意思疎通を図らずに悪者に仕立てあげ、一方的に制裁を打つことで、事を済ませようとしたことがありました。
話を聞かずに悪いと決定するのは、誰もが持っている心の保護のための動きではありますが、せめてよく知る友人相手にはもう少し腰を据えた対応をしてもよいのではないでしょうか?
不誠実は恨みを買いますし、その後の信頼も失います。

自身の振る舞いが善いか悪いかは各自が結論付けることにせよ、DSLの閉鎖は他人事ではなく、自分たちがひとつの歴史を閉鎖に追いやったのだと、当時の関係者は胸に刻んで頂きたい。
以上です。
当時から彼の親友を名乗るような人間の誰もが彼の弁護をしないので、自分がさせて頂きました。









posted by 座間 at 15:05| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月20日

ミニミニソーサリアンNEXT・プレイボード

ss.png

 ミニミニソーサリアンNEXT・プレイボードをリリースしました。
 求められる手軽さに反してWindows、PC上のソフトウェアという代物ですが。

 ミニミニソーサリアンNEXTは「診断メーカー」を利用したゲームブックライクなゲームで、往年の名作「ソーサリアン」を元ネタに作られています。
 大変気合の入った作りのゲームなのですがゲームデータの記録を自分でメモ帳なりにつけなければならないので、手間を省くのと風情を出したくて、プレイボードを作ってみました。

 主に自分用ということでかなりざっくり、簡素で原始的な作りになっていますが、一応公開します。
 「みんなもっと好きなゲームを元ネタに自分なりのゲームを作ろうよの会」会長としては、こういう愛あって手の込んだ作品は応援したいというのもありました。

 ミニミニソーサリアンNEXTを遊んでいる方、遊んだことのある方、遊んでみようと思っていた方、この機会におひとつどうぞ。

 ときのじさん、アイコンへのイラスト使用快諾ありがとうございましたー。

posted by 座間 at 21:44| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月15日

ラブザナとNext



 ラブザナ作りながらソーサリアンの勉強をしており、ソーサリアンNextのサイトなんかも見ているわけなんですが、iOSコンテスト応募作「剣と魔法の都ペンタウァ」、Next冒頭のシナリオ「はじまりのゼロ」なんかを見ていると、ラブザナに近い世界観で違う方向のものを作られていて、とても面白いなと思います。
 ラブザナの世界は消え行く世界の住人側が超すごい力で消え行く運命を叩き潰しにかかってくるのを、新世界側が更なる力で殴り返してぶち殺し、「もう昔には帰れないんだ!新時代の始まりだぜ!」と絶叫するような、控えめに言って野蛮な世界なのですが、Next作家陣はとても丁寧にじっくりと上品に「過去・未来」両者の動きを書いており、これは勉強になるところです。
 もっともラブザナの物語はまだゲーム中で語られる段階にないのですが。

 Next筆頭のリオ氏と自分は、過ぎ去ったあの場所を観る立ち位置がとても似ているのだと思います。
 過ぎ去り消えていくことに合理を感じつつ、共感を覚えつつも、愛しているものをそのまま見送る気にはならないし、新時代に対し負けるようなコンテンツでないことも確信している。
 吠える過去からの使者にも、それを剣で治める未来からの冒険者にも共感したまま、どっちつかずの世界で、新しいゲームを作ろうと(あるいは作れると)考えている。



 はじまりのゼロで描かれる「霧散するペンタウァ」の姿は、少し上空から俯瞰して見ると、人の脳が何かを忘れていく姿そのもののように見えます。
 世界そのものが脳に似た構造を持っており、その上でペンタウァは忘れ去られ消えようとしている。
 そう考えると、あの世界のいわゆるダークサイド、魔性の連中というのは、必ずしも邪悪な存在ではなく、単に世界が持っている忘却の機能の使者なのではないかと、ふと思います。

 忘れるという機能は、人が過去の失敗と決別し、次の世界に旅立つために使われます。
 それは種族が繁栄していくために寿命という仕組みがうまく機能しているのと少し似ていて、切ない力です。

 想い出とデフラグの戦いがソーサリアンNextだとして、おそらく今Ver5が検討されている「ソーサリアンNext企画書」も、同じように想い出とデフラグの戦いそのものなのでしょう。
 Next企画書の上で行われる膨大な量の「継がれるものと変わっていくもの」の選定は、まさにNextという次世代に向かうための、失っていくことへの勇気が試される難行であることと思います。
 ユーザーによるジョーク企画に近い装いとはいえ、あらゆる意味で興味深いコンテンツになっています。
 そして当方の活動とも親和性が非常に高い。

 そんなわけで、ありがたいことに次のラブザナはNextのスタッフ様にもご協力頂くものになる予定です。
 よろしくお願いいたします。







posted by 座間 at 13:10| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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