2015年04月22日

長い声のメモ:ゲームの趣味

 最近MUJOとOLYMという、オインクゲームズから出ている「基本無料ゲーム」をやっている。

 MUJOは初め、面白さがまったく分からなかった。いまどきゲームに勝敗がないというだけでうろたえるほど視界は狭くなかったつもりだったが、勝敗がないというだけでうろたえ、結局アンインストールした。

 その後、OLYMを好きになった。こっちを好きになったのは伴侶が延々と「アナと雪の女王」の似たようなパズルゲームを遊んでいたことが原因として大きかったと思う。
 伴侶と自分はまったくゲームの趣味が違うので、向こうが自分の趣味ではないゲームを遊んでいる様子を見ていると自分には思いつかなかった「こう遊ぶ、ここが面白い」というポイントが掴めてくる。

 結局、MUJOもそれで好きになってしまった。
 たとえば海外の食べ物は文化が違うゆえ「まったく美味しくない、むしろマズい」とか思いがちだが、ああいうのも同じ流れで段々次々好きになっていけるものだ。美味しく食べている人間にどこが美味しいのか尋ねればいい。意識しておけばそのうちわかる。

 要点は「こう遊ぶ、ここが面白い」を探し出すことだ。それは既に面白がって遊んでいる人間から学び取れる。
 情報が書き手にデザインされカットされるレビューよりは、誰かが遊んでいるところを見ているのがいい。自分なりに情報を自分の中に取り込める。
 そういう意味でゲーム実況はよいと思う。そういう意味じゃなくてもゲーム実況はよいものだけど。


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長い声のメモ:海原雄山はハンバーガー美味しく食べれない問題



 だいぶ幼いころに、海原雄山はマックのハンバーガー美味しく食べれない問題というものに直面した。
 海原雄山がマックのようなチェーン店のハンバーガーをDISりまくる話があったと思うのだが、これを読んだあと自分は「海原雄山ほど舌を鍛えて食を極めるとマックのハンバーガーを美味しく食べれない。これは損ではないか。鍛えることで損をしてしまうなんてそんなことがあっていいのか」というわだかまりを抱え続けた。

 海原雄山はお金持ちなのでマックのハンバーガーの特徴である「安い」がまったく魅力として受け止められないとかそういうことを除いても、結局舌を鍛えたらマズいと感じるものが増える、それは損ではないかという根本的な問題の解決にはなっていなかった。

 ミリタリーの知識があると、映画のふとしたミリタリー要素についてお粗末なところがあるだけで映画全体が楽しめなくなったりもする。それについて、いや、そういう細かいことは置いておいて楽しめる大人になれよ、とか、ぜんぜん細かくねーんじゃボケが、とか、言い争いがある。自分の中でも多く葛藤があったりする。

 でもよく考えたら自分は、ジャングルジムで遊びたいと思わないし、ジャングルジムが楽しかった頃の自分をそこまで羨んでもいない。

 ここがこうなってないから楽しめない、という細かい人々に、「大人になれよ」と人はいう。自分も言う。
 でも大人になっているのは細かい人々のほうだったのではないのか。ジャングルジムはクソゲーだと思っている今の自分のように。
 海原雄山はマックのハンバーガー美味しく食べれない問題、とは、単に人は大人になるという話だったのかもしれない。そこに哀愁はあるが、そう悲しむことではない。前向きに捉えていい。

 何かに飽きたり、細かいことを無視した何かをダメだと思ってしまったりする自分を否定しすぎることはない(まあ疑ってもいい)。大人になったのだ。確かに知識をひとつ得ると、映画をひとつ失うかもしれないが、たぶん得た映画の数のほうが多い。
 移動していく自分を恐れなくていいはずだ。






posted by 座間 at 00:01| Comment(0) | 長い声のメモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする